私がカラリストを選んだ理由
『とにかく手に職をつけたい。』
漠然とそう思っていた女の子が
あるきっかけで美容師という仕事に興味を持ち、
ひょんなことから
カラリストになることを選んでしまったお話です。
ーーー
埼玉県志木市で生まれ育ち、
9歳の夏に父の仕事の都合で
オーストラリアへ。
はじめ、父のそこでの任期は
5〜6年と言われていましたが
結局、9年半滞在。
高校卒業直後突然本帰国が決まり
やっと戻ってきたときは
18歳の3月でした。
来月から同級生のみんなは大学生!
甘酸っぱいオレンジデイズが始まろうとしている頃、
私は帰国早々ニート生活を始めます。
それまで住んでいたお国柄、
高校卒業してしばらくは進学しないケースや
社会人になってから大学に入学するケースが
少なくないので
新卒でないことにも進路が決まっていないことも
何も不安も焦りもありませんでした。
ーーーこの帰国の少し前。
色々な縁があり
美容業界に入るかきっかけをつくってくれた人々との出逢いました。
その内のひとりに
『日美、いいとおもうよ?』と言われていたので
『次の一般募集で日美を受けよう』
ということも、もう決めていました。
ーーーそれまでの間
私が活動の拠点として選んだ場所は、
美容業界とは全く関係のないところでした。
そこは、
東京と唱いつつ千葉に位置している
夢と魔法の王国。
ゆくゆくは美容師になるんだし、
それまではそれ以外で興味があることをやろう。
そう思って就いたあこがれの仕事のひとつでした。
精神的にも体力的になかなかハードな仕事でしたが
学ぶことが多くとても充実していました。
私の中の
接客やチームワークのスキルは
ここでベースが作られてと思っています。
『やっぱり接客業ははずせない』という気持ちも
この頃には固まっていました。
ーーー翌年、
無事に二チビ(日本美容専門学校)に入学し
楽しい学校生活を送るわけですが
1年目の段階で
致命的な現実にぶち当たります。
『カットが全然楽しくない』
『うまくなりたいとか、興味もない』
美容師になってサロンに就職して
いつかかっこよく
ちょきちょきするもんだと思っていたのに…
『やりたくないかも、この仕事、、、』
そう思い始めてしまったので、
周りがサロン見学や説明会に行き始めた頃も
就職活動なんて何一つしていませんでした。
そんな頃に出逢ったのが
今井英夫、imaiiの創設者でした。
特別授業の講師として日美に来てくれていた時のことです。
元々imaiiのことは知りませんでしたが
彼の話はとても面白く
どんどん引き込まれていきました。
その時々の時代に合わせてサロンを展開してきたこと。
カラリストという職業を日本の美容業界はじめて取り入れたということ。
スタイリストとカラリストという
『カタチとイロに特化したスペシャリストが属している』ということ…
目をキラキラさせながら
熱弁している今井の姿をみて、
『この人がつくったサロンで働きたい』
『この人が集めた人たちと一緒に働きたい』
『トップクラスの人たちの仕事を特等席でみていたい』
!!!しかも!!!
『カラリストになればカットをしなくても堂々と美容師としてサロンワークができてしまうではないか!!!しかもカラリストってなんかマニアックすぎて響きがいい!手に職をつけるにはもってこいだ!ひゃっほう!』
…と、なんとも不純な動機で
カラリストを選んだわけです。
この職種を選んだことは
当時の私にとって
『最高にわくわくできそうな場所」に身を置くための
ただの『手段』に過ぎなかったのです。
動機がむちゃくちゃ不純だったこともあり、
あることが心配でした。
この世界に飛び込んでみたものの
やっぱりカラーにも興味を持てなくて続かないなも…
不器用すぎて使えなさすぎて
すぐにクビになるかも…
しかし、
いざはじめてみると
仕事がおもしろくて仕方がなくて
不器用すぎてなかなか先に進めないという問題はありましたが
私なりにカラーの楽しさを体感していました。
ーーー例えば、
カラリストが10人に
『ある色』をオーダーすれば、
10人違う『その色』をつくるということ。
お気に入りのでカラー剤や
鉄板レシピもそれぞれ違い、
得意不得意な色や明度の領域もみんなバラバラで
それが『個性』であり『強み』でした。
それ以上に興味深かったことは
カラリストが組む相手のスタイリストが変わると
それだけでスタイルの色の印象ががらっと変わるということ。
そして、スタイリストと一緒に作ることで
1人では作れないイメージが形になるということ。
個人プレーではなく
誰かと一緒に作ることで、
行けなかったところにいって
見えなかったものが見えるような気がするんです。
それがこの仕事の魅力のひとつだと
今も強く感じています。
ーーー3年間のポンコツアシスタント時代を経て
カラリストとしてデビューして
間も無く丸7年が経とうとしています。
不器用なのは相変わらずですし、
これなら誰にも負けないっていうものは
まだなにも手に入っていないし、
野心もないし
未だに
カラリストという仕事が天職だと思ったことはありません。
ただ、
自分がいくらでものめりこめる
『イロの世界』を選んだこと、
自分の『手に職をつける』ために選んだ武器を
『ヘアーカラー』というマニアックなイロにしたことは
大正解だと思っています。
だって、
これまでなに一つとして長く続けられたことがなかった私が
一度も飽きることなく
ここまてで続けてこられているのですから。
ーーー10年前
『私の居場所はここだ!!』と思って飛び込んだ場所に
今も尚、居続けられていること。
その場所で色々な経験をして
たくさんの人々との出逢いがあり
こうして今
大好きな場所で大好きな人たちに囲まれながら
働けていることが
私にとって一番ありがたく、
なにより大切なことなんです。
日本一のカラリストになりたい!
世界に通用するカラリストになりたい!
といった
野心はもしかしたら
一生芽生えないかもしれません。
でもいつか、
『カラリストは私の天職よ』と
子供や孫に胸を張って言える自分になれるように
このイロの世界にい続けられたら…
そのためにまず、
まずは次の10年
踏ん張ろうと思います。
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